関東地区同窓会の紹介と沿革

嘉中・嘉高関東地区同窓会は東京在住同窓生の親睦と母校同窓会の発展に貢献することを目的に戦前から活動していたようだが、正式には昭和24年陰山寀支部長(中3・元聖路加病院)のもと約30名が集まり東京支部として発足したことが始まりである。

第二代加藤一雄(中13・元日大法学部学部長)支部長の下では木月義明(中44・元国民協会)幹事が事務局の中心として支部を支えた。上野精養軒や日本工業倶楽部を総会会場とするなど、参加人数も年毎に増え組織としての形が整っていった。

花村仁八郎(中23・元経団連副会長、日本航空会長)第三代支部長(会長)就任に伴い名称を「関東地区同窓会」と改め、支部ではなく関東地区としての誇りと結束をより高めていった。会員が増えるにつれ東海大学校友会館、虎ノ門パストラルへと総会会場が移っていった歴史は、会が益々盛大になっていったことをうかがえる。

昭和50年頃、木月義明幹事から当時ナブコシステム㈱(東京都港区虎ノ門)専務取締役であった原 信義(高3)現会長の尽力によりナブコシステム㈱内に事務局を置くこととなった。企業内に事務局を置くことで同窓会がより形あるものになった。その後、幹事長を篠崎 惠(高9・元ナブコシステム㈱代表取締役社長)が受け継ぎ関東地区同窓会はさらに活発な会となっていった。

現在、総会当番は50歳となる回期である。始まりはナブコシステム㈱に事務局が移り、現在の原会長が提案したことによる。初めて単独で総会当番を務めたのは昭和63年、高9回生である。高9回は同期としてのまとまりがよく、総会出席率も高いために適任とされ新しい歴史を創った。単独当番制に移行するには2年前より準備が開始され、昭和61年が中47回・高1回~高4回。昭和62年が高5回~高8回が合同で当番を務めその礎を作った歴史がある。

平成9年。第三代花村仁八郎会長逝去に伴い第四代会長に永光洋一(中47・高1・元旧運輸事務次官)が就任した。永光前会長の下では諸規定の整備や幹事・理事・青年部の組織化がなされた。事業も総会のみではなく、青年部主催による映画会や講演会。進学、就職、転勤で関東に来た新人の歓迎会などはこの時に開始された。

平成19年。事務局はナブコシステム㈱から現在の㈱タイセイハウジー(東京都渋谷区千駄ヶ谷)へ引き継がれた。それに伴い幹事長はその代表取締役社長である赤間敏雄(高10)が就任した。約32年もの間多大な貢献をいただいたナブコシステム㈱様には感謝の念に堪えない。

平成21年。組織改編に伴い赤間敏雄幹事長は事務局長として、新幹事長に田中寛利(高26)が各々就任した。

平成24年。第四代永光洋一会長が逝去し、副会長の原信義が第五代会長に就任した。新会長の「日本一の同窓会にしよう!」の掛け声の下、一致団結し同窓会は更に意気盛んとなっている。

平成29年春。5年間不在であった副会長に田中寛利幹事長が選任された。新幹事長には副幹事長の塚本哲(高27回)が就任した。田中幹事長時代に幹事会が定例で開かれ、幹事会が名実ともに会運営の役割を担うことになった。平成30年は会発足70周年を迎える。今年度より総会会場を京王プラザホテルへ移行した。70年の歴史を祝う高まりが感じられる同窓会である。