嘉中・嘉穂高等学校関東地区同窓会の紹介と沿革

【嘉中・嘉穂高等学校関東地区同窓会沿革】
1949年(昭和24年) 9月  福岡県立嘉穂高等学校同窓会東京支部発足
同年              初代 隂山 宷(中3回)支部長就任
1955年(昭和30年)10月 第2代 加藤 一雄(中13回)支部長就任

《聞き取りによる》
1977年(昭和52年) 4月 ナブコシステム㈱内に事務局を設置
1979年(昭和54年) 4月 会員名簿発刊
1986年(昭和61年)10月 総会が当番制となる(高1回~高4回当番)
1987年(昭和62年)10月 名称を「嘉穂 中高等 学校同窓会関東支部」と改称(※「中」と「高等」で改行表記。以下同)
1988年(昭和63年)11月 総会当番が単独回期となる(高9回)
1992年(平成  4年)11月 第3代 花村 仁八郎(中23回)会長就任
同年          「嘉穂 中高等 学校関東地区同窓会」と改称
1997年(平成  9年)  7月  第4代 永光 洋一(中47回・高1回)会長就任
同年             10月 会則・施行細則制定
1998年(平成10年)11月 会員名簿発刊
2007年(平成19年)10月 ㈱タイセイ・ハウジー内に事務局を移転
同年           11月「嘉中・嘉穂高等学校関東地区同窓会」と改称
2009年(平成21年)10月 会員名簿発刊
2012年(平成24年)10月 第5代 原 信義(高3回)会長就任

ご覧いただく沿革のように正式には昭和24年隂山寀初代支部長(中3・元聖路加病院)のもと約30名が集まり同窓会東京支部は発足いたしました。しかし資料は見当たりませんが実際は東京在住同窓生の親睦と母校の発展に貢献することを目的として戦前から活動は続いていました。

第2代加藤一雄(中13回・元日大法学部学部長)支部長の下では幹事長に花村仁八郎(中23回・次期会長)、事務局には木月義明(中44回・元国民協会)幹事等を中心に支部を支えていきました。上野精養軒や日本工業倶楽部を総会会場とするなど、参加人数も年毎に増え組織としての形が整っていった時期です。

昭和52年。当時ナブコシステム(株)(東京都港区虎ノ門)専務取締役であった原 信義(高3回・現会長)の尽力により事務局がナブコシステム㈱内に置かれました。企業内に事務局を置くことで同窓会がより形あるものになり、木月義明幹事ご逝去の昭和60年より幹事(後の代表幹事)を篠﨑 惠(高9回・元ナブコシステム(株) 代表取締役社長)が受け継ぎ関東地区同窓会はさらに活発な会となっていくことができました。

平成4年。花村仁八郎(中23回・元経団連副会長、元日本航空(株) 会長)第3代支部長(会長)就任に伴い名称を「関東地区同窓会」と改め、支部ではなく関東地区としての誇りと、広範囲な結束が高まったようです。会員が増えるにつれ東海大学校友会館、虎ノ門パストラルへと総会会場が移っていった歴史は、会が益々盛大になっていったことを覗えます。

現在、総会当番は50歳となる回期です。始まりはナブコシステム(株)に事務局が移り、現在の原会長が提案したことによります。初めて単独で総会当番を務めたのは昭和63年・高9回生です。高9回は同期としてのまとまりがよく、総会出席率も高いために新しい歴史を作るに相応しく適任とされました。単独当番制への移行は準備が2年前より開始され、昭和61年が中47回・高1回~高4回。昭和62年が高5回~高8回が合同で当番を務めその礎を作っていきました。

平成9年。第3代花村仁八郎会長逝去に伴い第4代会長に永光洋一(中47回・高1回・元旧運輸事務次官)が就任しました。永光前会長の下では諸規定の整備や幹事・理事・青年部の組織化がなされました。事業も総会のみではなく、青年部主催による映画会や講演会等の様々なイベント。更に進学や就職・転勤で関東へ移り住んだ新人達の歓迎会はこの時に開始されました。

平成19年。事務局はナブコシステム(株)から現在の(株)タイセイ・ハウジー(東京都渋谷区千駄ヶ谷)へ引き継がれました。それに伴い幹事長に当時代表取締役社長であった赤間敏雄(高10回・現(株)タイセイ・ハウジーホールディングス 代表取締役会長)が就任しました。約32年もの間多大なご協力をいただいたナブコシステム㈱様には感謝の念に堪えません。

平成21年組織改編に伴い赤間敏雄幹事長は事務局長として、新幹事長には田中寛利(高26回・(株)グローバル・システム・クリエイト 代表取締役社長)が各々就任しました。

平成24年。第4代永光洋一会長が逝去、副会長の原 信義(現神奈川ナブコ㈱ 相談役)が第5代会長に就任しました。新会長の「日本一の同窓会にしよう!」という掛け声の下、現在に至ります。

平成29年春には5年間不在であった副会長に田中寛利幹事長が選任されました。新幹事長には副幹事長の塚本 哲(高27回・(有)テツ・オフィス 代表取締役)が就任しました。田中幹事長時代に幹事会の定例化、組織化がなされ名実ともに会運営の役割を事務局と共に担い70年を迎えることになりました。平成29年度より総会会場を京王プラザホテルへ移し、翌年の第70回記念総会では500名を越える出席者を迎え盛大な総会を催すことができました。また、この年から副会長を二名体制とし理事の中村真一(高29回・日本製鐵(株) 代表取締役副社長)が就任し、70年の歴史を祝いつつ、新元号の令和元年から新しい時代が始まるところです。


新副会長のご紹介

中村副会長2018年10月5日の理事会にて嘉中・嘉穂高等学校関東地区同窓会の副会長に高29回の中村真一さんが選出されました。

中村副会長は、現在、新日鐵住金株式会社 代表取締役副社長としてご活躍中で、多忙を極める中、この大役を快くお引き受けくださいました。その広く温かいご厚情に心より感謝申し上げます。

現副会長の高26回 田中寛利さんと副会長が二人体制になり、関東地区同窓会がさらに活気に溢れ、新元号の幕開けと共に新たな風が吹くことでしょう。

最後に、70回記念総会パンフレットに寄せられた中村副会長の祝辞を転載させて頂き、関東地区同窓会に寄せられる想いをご紹介できればと思います。

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歴史は遠し三千年、光遍き大御代に。このフレーズを年に何度熱唱しているだろうか。関東地区同窓会の総会・理事会・世話人会・その他諸行事、関東地区柔道部OB会の諸行事、同期の集まり等々。その度に、いつもの仲間と新たな話題で飲み騒ぎ、加えて懐かしい仲間との再会、新しい仲間との出会いを繰り返す。これが私にとって欠かせない嘉中・嘉穂高等学校関東地区同窓会ライフです。

振り返れば、初めて本会に足を踏み入れたのは30代前半の頃。先輩方の活動を見つつ当番会に備え、我が高29回生が当番を務めたのはちょうど十年前の第60回同窓会。虎の門パストラルにおいて約460名の参加者が集い、無事に当番の役目を全うした時は、同期の仲間達と共に感動と達成感に浸りました。その後、皆で祝杯を上げ、翌日の日光への修学旅行で更に盛り上がったことが、つい昨日のことのように思い出されます。

以降も後輩の皆さんが襷を繋ぎ、原会長が常々口にされている「日本一の同窓会」を目指して頑張ってきました。各当番回がそれぞれの特徴を活かしてすばらしい同窓会を作り上げてきました。しかしながら、どうしても越えられなかった参加者数500名の壁。

そして迎えた第70回の記念総会。この壁を乗り越えるべく、当番の39回生や幹事会の皆さんがこれまでに無い様々な工夫を凝らして準備を進めてこられました。
 どんな結果が待っているか、たいへん楽しみです。還暦を迎える我が高29回生は、乾杯の音頭をとることになっています。

嘉中・嘉穂高等学校関東地区同窓会の益々の発展を祈念して、乾杯!


新春のご挨拶

あけましておめでとうございます。

昨年は関東地区同窓会70回記念大会を皆さまの力で無事挙行でき、大変ありがとうございました。おかげさまで70年に相応しい会となりました。

買物、商取引、交流、決済等々あらゆるものがインターネットを介して行われるようになるなか、人と人が直接触れ合い共鳴しつつ運営されていく本会の姿に大変な誇りを感じる70回大会でした。改めて厚く御礼申し上げます。

本年は新元号元年とともに本会が71年目の新たな歩みを始める年となります。翌年に控える東京オリンピックの準備等で日本は多忙な1年になると思われますが、社会が未来へ向かって進んでいくなかに、不易流行の言葉通り関東地区同窓会で母校やふるさとに触れ新たな繋がりや出会いを見つけていただけるよう本年も活動してまいります。

末筆ではございますが、皆様の健康で幸多き一年でありますことをお祈り申しあげます。

 嘉中・嘉穂高校関東地区同窓会 会長 原 信義(高3回)


関東地区同窓会の紹介と沿革

嘉中・嘉高関東地区同窓会は東京在住同窓生の親睦と母校同窓会の発展に貢献することを目的に戦前から活動していたようだが、正式には昭和24年陰山寀支部長(中3・元聖路加病院)のもと約30名が集まり東京支部として発足したことが始まりである。

第二代加藤一雄(中13・元日大法学部学部長)支部長の下では木月義明(中44・元国民協会)幹事が事務局の中心として支部を支えた。上野精養軒や日本工業倶楽部を総会会場とするなど、参加人数も年毎に増え組織としての形が整っていった。

花村仁八郎(中23・元経団連副会長、日本航空会長)第三代支部長(会長)就任に伴い名称を「関東地区同窓会」と改め、支部ではなく関東地区としての誇りと結束をより高めていった。会員が増えるにつれ東海大学校友会館、虎ノ門パストラルへと総会会場が移っていった歴史は、会が益々盛大になっていったことをうかがえる。

昭和50年頃、木月義明幹事から当時ナブコシステム㈱(東京都港区虎ノ門)専務取締役であった原 信義(高3)現会長の尽力によりナブコシステム㈱内に事務局を置くこととなった。企業内に事務局を置くことで同窓会がより形あるものになった。その後、幹事長を篠崎 惠(高9・元ナブコシステム㈱代表取締役社長)が受け継ぎ関東地区同窓会はさらに活発な会となっていった。

現在、総会当番は50歳となる回期である。始まりはナブコシステム㈱に事務局が移り、現在の原会長が提案したことによる。初めて単独で総会当番を務めたのは昭和63年、高9回生である。高9回は同期としてのまとまりがよく、総会出席率も高いために適任とされ新しい歴史を創った。単独当番制に移行するには2年前より準備が開始され、昭和61年が中47回・高1回~高4回。昭和62年が高5回~高8回が合同で当番を務めその礎を作った歴史がある。

平成9年。第三代花村仁八郎会長逝去に伴い第四代会長に永光洋一(中47・高1・元旧運輸事務次官)が就任した。永光前会長の下では諸規定の整備や幹事・理事・青年部の組織化がなされた。事業も総会のみではなく、青年部主催による映画会や講演会。進学、就職、転勤で関東に来た新人の歓迎会などはこの時に開始された。

平成19年。事務局はナブコシステム㈱から現在の㈱タイセイハウジー(東京都渋谷区千駄ヶ谷)へ引き継がれた。それに伴い幹事長はその代表取締役社長である赤間敏雄(高10)が就任した。約32年もの間多大な貢献をいただいたナブコシステム㈱様には感謝の念に堪えない。

平成21年。組織改編に伴い赤間敏雄幹事長は事務局長として、新幹事長に田中寛利(高26)が各々就任した。

平成24年。第四代永光洋一会長が逝去し、副会長の原信義が第五代会長に就任した。新会長の「日本一の同窓会にしよう!」の掛け声の下、一致団結し同窓会は更に意気盛んとなっている。

平成29年春。5年間不在であった副会長に田中寛利幹事長が選任された。新幹事長には副幹事長の塚本哲(高27回)が就任した。田中幹事長時代に幹事会が定例で開かれ、幹事会が名実ともに会運営の役割を担うことになった。平成30年は会発足70周年を迎える。今年度より総会会場を京王プラザホテルへ移行した。70年の歴史を祝う高まりが感じられる同窓会である。